国宝・特別史跡「臼杵磨崖仏」

2026/09/22

臼杵磨崖仏 国宝 神社仏閣 大分 日本の歴史

 



臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)




【所在地】


大分県臼杵市深田




【臼杵磨崖仏の説明と歴史】


臼杵磨崖仏は、溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)の岩壁を彫り窪めて龕(がん)を造り、その内部に仏像を彫刻したもの。

61体の仏像が、ホキ石仏第一群、ホキ石仏第二群、山王山(さんのうざん)石仏、古園(ふるぞの)石仏と、4つ石仏群に分かれている。

1995年6月15日、磨崖仏として日本初、彫刻として九州初の国宝に指定された。

61体の仏像の全てが国宝に指定されている。

造立は、12世紀末~14世紀前半〔平安時代末期~鎌倉時代末期〕。

多くの磨崖仏が彫られた理由は、この一帯が、藤原氏の流れをくむ九条家の所領だったことと深い関係がある。

仏教美術の研究者によると、ホキ石仏第一群、ホキ石仏第二群、古園石仏は、京都や奈良の一流の仏師が制作したといわれている。

九条家が比叡山延暦寺〔天台宗総本山〕と深い関係を持っていたので、一流の仏師が臼杵に派遣されたと考えられる。

臼杵磨崖仏が彫られた同時期に、臼杵磨崖仏を本尊とする満月寺〔天台宗〕が建立されたことが、*臼陽寺社考略記(きゅうようじしゃこうりゃくき)や発掘調査により確認されている。

山王山石仏の真上に鎮座する日吉社は、満月寺の*鎮護社で、臼杵磨崖仏や満月寺と同時期に建立されたと考えられる。

天台宗の広がりとともに、延暦寺の鎮護社の日吉大社が分けられて、全国に日吉社が建てられるよになった。

臼杵磨崖仏・満月寺・日吉社は、この一帯に住む人々が、仏の力で護られ、極楽往できるよう祈りを込めて造られたと考えられている。


*臼陽寺社考略記:下で説明。


*鎮護社:寺院や地域を守護するために建てられた社。




【臼陽寺社考略記】


臼陽とは臼杵の別称。

臼陽寺社考略記は、1741年〔江戸時代中期〕に、太田重澄(おおたしげすみ)によって著された。

臼杵藩内にある寺院や神社の由緒、歴史、古跡などを詳細に記録した地誌。

太田重澄は、臼杵藩の郡奉行で農村や村々を管理する役人。




【中尾五輪塔】


ホキ石仏第一群の上には、国指定重要文化財の中尾五輪塔が2基ある。

大きい五輪塔には「嘉応弐年〔1170年〕」の刻銘が刻まれている。

小さい五輪塔には「承安二年〔1172年〕」と「千部如法経願主遍照金剛」の刻銘が刻まれている。

小さい五輪塔は、1172年に如法経〔法華経〕を納めるために造立されたと考えられる。

中尾五輪塔は、臼杵磨崖仏の造立年代を考えるうえで、重要な手がかりとなる五輪塔。


中尾五輪塔



【石仏と磨崖仏の違い】


石仏とは、石で作られた仏像全般のこと。

磨崖仏とは、石仏の一種で、山や崖の岩壁に直接彫り込まれた仏像のこと。

臼杵石仏(うすきせきぶつ)は、一般に広く知られている通称。

現地の観光施設やパンフレットでは、「国宝臼杵石仏」という名称が使われている。

文化財「国宝・特別史跡」としての正式名称は、「臼杵磨崖仏」。




【4群の摩崖仏】


臼杵磨崖仏は、4つの摩崖仏群から成り立っている。

ここからは、4つの摩崖仏群を、正面から見て右側から順番に、各仏像の名称とともに紹介。

伝・釈迦如来坐像などの「伝」は、そう伝えられているが、確定はしていないということ。

如来像の台座には、願文(がんもん)や経巻(きょうかん)を納めたであろう円や四角の穴がある。



[ホキ石仏第一群]


『第一龕』

観音菩薩(かんのんぼさつ)立像

阿弥陀如来(あみだにょらい)坐像

伝・釈迦如来(しゃかにょらい)坐像

伝・薬師如来(やくしにょらい)坐像

菩薩立像〔尊名不詳〕


平安時代末期の作。

*螺髪(らほつ)の刻み方などが簡略化した跡がある。


*螺髪:仏像の丸まった髪の毛


ホキ石仏第一群 第一龕


『第二龕』

伝・釈迦如来坐像

阿弥陀如来坐像

薬師如来坐像


平安時代末期の作。

中央の阿弥陀如来の眉・目・髪は、墨で描かれている。

第一龕と第二龕の間にある愛染明王(あいぜんみょうおう)坐像は、ホキ石仏第一群第一・二龕間・*附指定。

愛染明王坐像も臼杵磨崖仏の国宝の「附」として指定されている。


*附指定:国宝の本体と一体のものとして、文化財上、特に重要なものを併せて指定する仕組み。


ホキ石仏第一群 第二龕


『第三龕』

伝・観音菩薩立像

伝・釈迦如来坐像

大日如来坐像

阿弥陀如来坐像

伝・勢至菩薩(せいしぼさつ)立像


平安時代末期~鎌倉時代初期の作。

密教的な空間。



『第四龕』

十王立像5体

地蔵菩薩半跏像(じぞうぼさつはんかぞう)

十王立像5体


鎌倉時代の作。

地獄の裁判官たち十王が並ぶエリア。

中央の地蔵菩薩が弁護士のように、地獄に堕ちる人々を救い出そうとしている。

地蔵菩薩は、錫杖(しゃくぞう)を持たない古い様式で、彩色唐草紋(さいしょくからくさもん)の光背が残っている。


ホキ石仏第一群
左側:第三龕 右側:第四龕


[ホキ石仏第二群]


『第一龕』

観音菩薩立像

阿弥陀如来坐像

勢至菩薩立像


平安時代末期の作。

西方極楽浄土を表している。

左端に像の表面がほぼ失われた2体の菩薩形立像がある。


ホキ石仏第二群 第一龕


『第二龕』

観音菩薩立像

阿弥陀如来立像4体

阿弥陀如来坐像

阿弥陀如来立像4体

天部立像〔原形をほぼ留めていない〕


平安時代末期の作。

人の死後に極楽浄土へ生まれ変わる状態を9つの段階に分けた、九品往生(くほんおうじょう)を表している。

右端に復元された不動明王立像がある。


ホキ石仏第二群 第二龕


[山王山石仏]


伝・薬師如来坐像

伝・釈迦如来坐像

阿弥陀如来坐像


平安時代末期の作。


山王山石仏


[古園石仏]


多聞天(たもんてん)立像

伝・降三世明王(ごうざんぜみょうおう)坐像

観音菩薩坐像

伝・普賢菩薩(ふげんぼさつ)坐像

伝・不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)坐像

伝・無量寿如来(むりょうじゅにょらい)坐像

大日如来坐像

伝・阿閦如来(あしゅくにょらい)坐像

伝・宝生如来(ほうしょうにょらい)坐像

伝・文殊菩薩(もんじゅぼさつ)坐像

勢至菩薩坐像

不動明王坐像

伝・増長天(ぞうちょうてん)立像


平安時代末期~鎌倉時代初期の作。

密教の金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)を表している。

満月寺の全域が見渡せる高台にある。


古園石仏


古園石仏


古園石仏の傍らの岩上に2体の金剛力士像が彫られている。

金剛力士像2体は、古園石仏の13体とは別に数えられる国宝。

右の岩の金剛力士像は、比較的よく残っている。

中央の岩の金剛力士像は、かなり崩落している。


金剛力士像2体(古園石仏龕外左側)



【ホキ石仏のホキとは】


ホキは、漢字で「崖」や「歩危」と書き、切り立った崖や険しい斜面を意味する古い日本語。

九州の方言「ほげる〔穴があく〕」、「ほがす〔穴をあける〕」と同じ語言だといわれている。

徳島県にある大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)の渓谷も、「ホキ」が変化した言葉。

むき出しになった崖(ホキ)に仏像が彫られていることから、「ホキ石仏」と呼ばれている。

ホキ石仏第一群・第二群がある場所の小字名も「ホキ」である。

ホキ石仏第一群:大分県臼杵市大字中尾字ホキ140-2、ホキ石仏第二群:大分県臼杵市大字中尾字ホキ139-2に所在する。




【国宝に選ばれた理由】


・木彫仏に劣らない彫刻技術の高さと美しさ。

岩壁に彫られているとは思えないほどの精巧で気品あふれた表現力。

木彫仏のような滑らかで上品な美しさ。


・日本屈指の圧倒的な規模と数量。

61体の仏像が系統立って残されている規模の大きさ。

クオリティの高い仏像が一つの地域に集結している例は、日本の仏教美術史上、他に類を見ない。

誰も動かせない岩壁に刻まれた仏像だったからこそ、当時のまま残ったところに価値がある。


・歴史の謎を秘めた高い学術的価値

これほどの大規模な磨崖仏を造るには、莫大な資金と権力、長い年月が必要。

臼杵磨崖仏は、誰が、なぜ、これほどの大規模な仏像群を造ったのか、いまだ明確には解明されていない。

地方豪族の支援や深い仏教文化が背景にあったと考えられているが、具体的な人物や信仰の実態には謎が残されている。

こうした未解明の部分が、当時の地域社会を知る手掛かりとなり、臼杵磨崖仏の学術的評価と魅力を高めている。




【風化しやすい岩壁に刻まれた仏像】


仏像が刻まれている溶結凝灰岩は、約9万年前の阿蘇山の噴火でできた岩。

溶結凝灰岩は、水分を多く含み、柔らかく崩れやすい。

彫りやすい反面、風化に非常に弱い。

臼杵磨崖仏は、1000年の間ずっと無傷で残ってきたわけではな。

龕によって風雨の直接の影響は受けずらい環境だが、長い年月の風化によって少しずつ傷み、崩壊の危機にあった。

完全に失われる前、昭和の時代に現代の保存技術が間に合い、貴重な姿を守ることができた。




【崩落を防ぐ修復・修理方法】


・岩盤のボルト固定

仏像のある岩盤に深い穴をあけ、中にステンレス製のボルトを差し込む。


・樹脂による硬化

雨水などでスカスカになって崩れそうな岩の中に、特殊な液体プラスチック〔樹脂〕を染み込ませる。


・かけらの仮留めと接着

凍結などで仏像の表面から剝がれ落ちそうな小さなかけらを、特殊なテープ〔レーヨン〕で仮留めし、特殊な接着剤で付ける。




【劣化を未然に防ぐ保存・環境管理】


・覆屋の整備

仏像の上に大きな屋根〔覆屋〕をかけ、雨や直射日光を遮断。


・水はけを良くする

岩の中の水が冬に凍ると、膨張して仏像の表面が剥がれるため、仏像の裏側や周囲に水を外へ逃がす排水ルートを作っている。


・紫外線〔UV〕を使った苔や植物の除去

臼杵市では、薬品を使わず、岩を傷つけることなく、紫外線によって苔やシダなどの着生生物を枯死さる技術を日本で初めて開発。

紫外線で苔やシダなどを枯死させた後、手作業で取り除き、さらに撥水剤を用いて再生を抑える保存技術が開発された。

毎年秋から冬にかけて、仏体に付着した苔やシダなどを取り除く作業が行われている。


・温度や湿度の管理

冬の寒さで石の中の水分が凍らないよう、夜や冬はシャッターを閉めて温度管理。

温度と湿度をセンサーで監視し、仏像の保存状態を管理。




【おわりに】


看板の表記やパンフレットの表示を『国宝・特別史跡 臼杵磨崖仏』としてほしい。

臼杵磨崖仏は、「国宝ですよ!!」「特別史跡ですよ!」「凄いんですよ!」ただそれだけの理由。

実際に現地に訪れ、自分の眼で臼杵磨崖仏を見てほしい。

凄いです。

岩壁に直接彫られた仏像とは思えないほど滑らかで、まるで木彫仏のような、優しく温かみのある表情が印象的。

誰が彫ったのか?1人で彫ったのか?数人で彫ったのか?1体彫り上げるのにどれほどの時間を要したのか?信仰のために造ったのか?政治的な目的で造ったのか?いつ何の目的で造ったのか?気になることだらけ。

これほど謎の多い国宝・特別史跡はあるのだろうか?