地球の鼓動を感じる場所 阿蘇山

2025/12/13

カルデラ 阿蘇山 熊本 登山 日本の歴史

 



阿蘇山(あそさん)



【阿蘇山】


阿蘇山は、熊本県阿蘇地方に位置する、*カルデラを伴う大型の*複成火山。

最高峰の高岳は、標高1592m。

約27万年前、約14万年前、約12万年前、約9万年前に4回大噴火。

約9万年前の大噴火は最大規模。

阿蘇山という単体の山はなく、*中央火口丘群(ちゅうおうかこうきゅうぐん)のことを阿蘇山と呼んでいる。

学術的には、*外輪山、カルデラ、中央火口丘群を含めて阿蘇火山と呼んでいる。

阿蘇火山は、外輪山の内側に中央火口丘群が形成された二重式の火山。

*火口原には、約5万人が生活している。

阿蘇山は、日本の山で最初に外国の文献に記載された山。


*複成火山:同じ火口から何度も噴火を繰り返すことで成長する火山。


*カルデラ、中央火口丘群、外輪山、火口原:下で説明。




【カルデラ、火口原、火口の違い】


カルデラは、大噴火で火山の山頂が吹き飛び、噴火で噴出した土砂が減って窪んでできた土地。巨大な窪地。

火口原は、カルデラという巨大な窪地の中にある、平らな土地や草原。

火口は、火口原の中にある噴火口。

つまり、外輪山の中にカルデラがあり、カルデラの中に火口原があり、火口原の中に*阿蘇五岳(あそごがく)などの中央火口丘群がある。


*阿蘇五岳:下で説明。




【阿蘇カルデラ】


阿蘇カルデラは、4回の巨大噴火により形成され、約9万年前の最後の大噴火で現在の形状に近くなった。

東西約18㎞、南北約25㎞、面積約380平方㎞、周辺の長さ約128㎞。

カルデラ内の阿蘇五岳の中央部は、活発な火山活動をしている中岳がある。


中岳 火口




【阿蘇カルデラが世界最大級といわれる理由】


阿蘇カルデラの大きさは、世界一でもなければ日本一でもない。

阿蘇カルデラは、人が住んでいる世界最大級のカルデラである。

阿蘇カルデラ内には、約5万人が生活し、国道や鉄道も通っており、カルデラ内で安定した集落が形成されている点が世界でも珍しい。


高岳から見たカルデラ




【阿蘇五岳】


阿蘇五岳とは、高岳、根子岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳と連なっている五岳のこと。

高岳は、最高峰で1592mとなっている。

中岳は、現在も活発な火山活動が見られる。


高岳 山頂




【中央火口丘群】


中央火口丘群は、阿蘇山の地形を説明する際に用いられる地質学的用語。

カルデラが形成された後、カルデラ内部の火山活動によって形成された複数の山々のこと。

阿蘇五岳など、十数個の山々から構成されている。

カルデラの中央に位置する。




【阿蘇の外輪山】


阿蘇の外輪山とは、カルデラを含む山々の総称。

阿蘇五岳を取り囲んでいる。

約9万年前の巨大噴火で形成された地形。


カルデラの奥に外輪山




【阿蘇の外輪山の形成】


約9万年前に巨大噴火

    ⇩

地下のマグマが大量に噴出

    ⇩

地下が空洞になり地盤が陥没

    ⇩

現在の外輪山の原型が完成




【阿蘇火山の形成】


[約9万年前]

活発な活動をしていた複数の火山が一斉に噴火

    ⇩ 

火山灰や溶岩を噴出

    ⇩

活動が終わると大陥没が起こる

    ⇩   

外輪山の原型が生まれる


[約3万年前~約5万年前]

噴火で山頂部が失われる

    ⇩ 

カルデラが形成される

    ⇩

中央火口丘群として阿蘇五岳が形成される


現在の阿蘇山は、約9万年前の巨大噴火や過去の噴火によって形成されたカルデラ。

巨大噴火が起きる前は、世界でも最高クラスの標高だった可能性がある。

標高9000m~12000m級の山だったと推定されるが、これまでの地質の調査結果からは事実が見つかっていない。

27万年前よりも昔の阿蘇火山が噴火を起こす前の古い溶岩は見つかっている。




【砂千里ヶ浜(すなせんりがはま)】


砂千里ヶ浜は、中岳火口の南東部に位置する古い火口跡。

堆積した火山灰と、冷えた溶岩の塊「火山弾」が散らばっている。

火山弾の大きさは数㎝~数十㎝だが、中には直径1mを超えるものがある。

砂千里ヶ浜一帯は、火山岩と溶けて固まった凝灰岩(ぎょうかいがん)でできている。

中岳火口、噴気孔や通気口、源泉から絶え間なく吹き出す硫化水素や二酸化炭素を含む多量の蒸気と火山性ガスにさらされ、植物がほとんど生育しない不毛地帯。

砂千里ヶ浜は見学できるが、中岳の噴火警戒レベルと火山ガス濃度によって立ち入りが制限される。


砂千里ヶ浜:火山灰が広がっている左側
中岳火口:煙がでている右側


直径1mを超える火山弾:座っている岩




【阿蘇の名の由来・語源】


[漢字説]

仏教における「阿(あ)」は、サンスクリット語の最初の音「a」にあたり、万物の始まり・宇宙の根源・空・不正不滅などを意味する。

日本語の「あ」も同様に、人が「あー」と産声をあげるように、長く延ばした持続母音は、口を開いて発する最初の音で、生命の誕生・万物の根源と始まりを意味する。

「蘇」は、息を吹き返す、蘇生。

「阿」と「蘇」を組み合わせ、蘇生復活・原点に返り復活する場所を意味する説。


[熊襲(くまそ)説]

熊襲とは、古代の南九州の地名。

阿蘇地域が熊襲の勢力範囲と地理的に近いことから、「くまそ」が「くまあそ」と転訛して「あそ」となり、熊襲の略とする説。


[アイヌ語説]

「アソ」は、燃える。

「アソー」は、噴火。

「オマイ」は、場所。

「アソー」と「オマイ」を組み合わせた「アソーオマイ」、噴火口のある場所・火を噴く山を意味する説。


[阿修羅(あしゅら)の説]

古代インド神「阿修羅」は、「阿素洛(あそらく)」とも書く。

「阿素(あそ)洛」が住む山、阿蘇(あそ)山となった説。




【神話による阿蘇の名の由来】


日本書紀巻第七 大足彦忍別天皇・景行天皇 

*景行天皇18年6月16日条 阿蘇の地名説話に次のように記されている。


[原文]

到阿蘇國也。其國◦郊原曠遠不見人居。天皇日◦是國有人乎。時有二神。日阿蘇都彦阿蘇都媛。忽化人以遊詣之日吾二人在。何無人耶。故号其國日阿蘇。


阿蘇國に到(いた)るなり。其(そ)の國、郊原(こうげん)の曠遠(こうえん)なりて、人の居(い)るのを見ず。天皇日(すめらみこといわ)く、「是(こ)の國に人有(あ)るや。」時(とき)に二神(ふたがみ)有り。阿蘇都彦(あそつひこ)、阿蘇都媛(あそつひめ)日(い)う。忽(たちま)ち人と化(か)し遊詣(ゆうけい)を以(も)って日く、「吾(わ)れら二人在(ふたりあ)り、何(なん)ぞ人の無けん耶(や)。」故(ゆえ)に其の國を号(ごう)して日く阿蘇。


[現代語訳]

阿蘇の国に到着しました。その国は、遠くの方まで広い高原が続き、人が住んでいる気配がありませんでした。天皇は言いました。「この国に人は居ないのだろうか?」その時に二神が現れました。阿蘇都彦と阿蘇都媛といいます。二神はたちまち人の姿となって出向いて言いました。「我々が二人おります。どうして人がいないなどと。」よってこの国を名付けて阿蘇という。


*景行天皇18年:西暦88年




【中国の歴史書に登場する阿蘇山】


阿蘇山は、外国の文献に最初に登場した日本の山。

7世紀の中国の歴史書、隋の時代の「隋書(ずいしょ)」に、阿蘇山が登場する。

隋書 第八十一巻 列伝四十六 東夷伝(とういでん)の倭国に関する記述に次のように記されている。


[原文]

有阿蘇山其石無故火起接天者 俗以為異因行禱祭 有如意寶珠其色靑大如鷄卵 夜則有光云魚眼精也 新羅百濟皆以俀為大國多珎物並敬仰之恒通使往來


阿蘇山有り。 其(そ)の石、故(ゆえ)無くして火起こり、天に接する者(こと)あり。 俗は以(も)って異と為(な)し、因(よ)って禱祭(とうさい)を行う。 如意寶珠(にょいほうじゅ)有り。其の色は靑(あお)く、大きさ鷄卵の如(ごと)し。夜は則(すなわ)ち光有りと、云(い)う、「魚の眼精なり。」新羅・百濟、皆(みな)俀(わ)を以って大國と為し、珎物多し、並びに、これを敬仰し、恒に使通・往來す。


[現代語訳]

阿蘇という山がある。その山は、突然噴火して、天にも届くほでになる。人々は異常だと考え、よって*禱祭を行う。*如意宝珠という玉がある。その色は青く、大きさは鶏の卵ほど。夜になると光り、「魚の眼」だという。新羅と百済の両国は、倭は珍しいものが多いので大国とし、敬い仰ぎ、常に使者を往来している。


*禱祭:国家的な儀式で自然の力に対し安全を祈願すること。天皇が噴火しないように祈禱祭祀すること。


*如意宝珠:サンスクリット語でチンターマニを訳した言葉。仏教において霊験を表し、意のままに願いを叶える玉のこと。如意輪観音などが持つ丸い玉。




【阿蘇山登山】


[登山ルート]

阿蘇山上ターミナル前の無料駐車場から出発し、砂千里ヶ浜を経由するコース。

砂千里ヶ浜登山口→南岳→中岳→高岳のルート。


[登山時間]

登り:3時間10分 下り:2時間20分


[参考コースタイム]

5時間30分


[標高差]

約730m


[距離]

約9.6㎞


岩場の黄色いペイントを目印に登山すると道に迷わない。

中岳の火口も見学できるコース。 

車道が整備され、火口がある阿蘇山上ターミナル前まで車で行ける。

火口直前まで車道が通っているので、気楽に火口見学できる。

夜間はゲートが閉門するので、全面立ち入り禁止。

登山者は、ゲート閉門時間の1時間前までに下山しなければならない。

ゲート閉門時間は、季節によって変わる。

登山も火口見学も、火山ガスや噴火警戒レベルで立ち入り規制が変動するため、確認する必要がある。

火山ガスの臭いが強いことがあるので、臭いに敏感な方や体調不良の方は、登山も火口見学も控えた方がよい。





【おわりに】


日本書紀の記述から、景行天皇の時代には既に阿蘇に人が暮らしていたと思うと、阿蘇の歴史は凄い。

今の阿蘇も高原が広い。

広~い高原に、放牧された牛や馬が、広範囲に散らばって、優雅に歩いている。

阿蘇を訪れるたびに、そんな牛や馬を見ていると、「ここに人はいるのだろうか?」と思う。

景行天皇の気持ちがよく分かる。

もちろん、整備された道路と、私を含めた観光客がいるので、人はいる。

景行天皇の時代は、カルデラ内で安定した集落は形成されていたのだろうか?

隋書の阿蘇山の記述に、突然、「如意宝珠」が登場し、魚の眼だとか光るとか・・・意味が分からない。

隋書の倭人の話は、隋の時代よりも昔の話を又聞きの又聞きの又聞き・・・で書き写しているだろうし、間の話が抜けているのだろう。

「如意宝珠を書く必要はあったのか?」とも思うのだが、倭を大国にするには、阿蘇山だけでは弱い。

しかも、倭に使者を往来させるには、貿易品になるような珍しいお宝がなければならない。

なので、倭にある珍しいものの例として、阿蘇山と如意宝珠を書いたのだろう。

日本の逸話には、徳の高い僧侶が如意宝珠を出す話がよくある。

阿蘇山の噴火を鎮める際に、神仏両道の国家単位の祈禱を行い、徳の高い僧侶が如意宝珠を使ったのではないかと推測。

高岳の標高1529mは、「ひごくに(肥後国)」の語呂合わせで覚えるといい。

高岳を目指す登山中、道に迷い、火星みたいな場所を彷徨っていた。

元の道に戻ると、文字が薄くなった「立ち入り禁止」の壊れた看板があった。

よく見ると、立ち入り禁止エリアを囲っていたであろう切れたロープもあった。

中岳火口の後ろの裾を歩いていたことが分かり、ゾッとした。

登山ルートの案内板が少なく、岩場の黄色いペイントを目印に登山すればいいことが分かった。

この日は火山ガスの臭いが強く、帰りに少し吐き気と頭痛がした。

着ていた服、髪の毛、肌が露出していた部分に硫黄の臭いが染みつき、全身が硫黄臭くなっていた。



砂千里ヶ浜を経由する高岳登山は、道中の所々で、映画で見るような惑星や火星のようなエリアがあり、とても面白い。

惑星や火星のようなエリアにテンションが上がり、その後、不思議な静けさが来て、妙に心が落ち着く。

惑星や火星のようなエリアは、時が止まったように感じる。

地球の鼓動を感じているのかもしれない。