宿(いぶすき)神社



【所在地】


鹿児島県指宿市




【御祭神】


[主祭神]


大日孁貴命(おおひるめむちのみこと)



[相殿神]


天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)


天之穂日命(あめのほひのみこと)


天津日子根命(あまつひこねのみこと)


活日子根命(いくつひこねのみこと)


熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)


多紀理毘売命(たきりびめのみこと)

※田心姫命


狭依日売命(さよりひめのみこと)

※市杵島姫命


多岐津比売命(たぎつひめのみこと)

※湍津姫命


建御名方命(たけみなかたのみこと)



大日孁貴命〔大比留女〕についてはこちら⇩

『鹿児島神宮』

https://keipandkeip.blogspot.com/2022/08/blog-post_28.html


相殿神の詳細「天照大御神と素戔嗚尊の誓約」についてはこちら⇩

『新田神社』

https://keipandkeip.blogspot.com/2022/08/blog-post.html


建御名方命〔武御名方命〕と武甕槌命の出雲の国譲り神話についてはこちら⇩

『揖夜神社と意宇の杜』

https://keipandkeip.blogspot.com/2021/07/blog-post_10.html


本殿・舞殿・拝殿・勅使殿が一列に並ぶ













【摂末社】


[東之宮]

祭神:彦火火出見命












[西之宮]

祭神:天命開別命(あめみことひらかすわけのみこと)

※天智天皇












[荒仁宮]

祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)












[聖宮]

祭神:塩土翁命(しおつちのおきなのみこと)


[懐殿宮]

祭神:昭美日月命


左:聖宮 右:懐殿宮











[二龍宮]

祭神:和田都美命(わたづみのみこと)












[天井宮]

祭神:玉依姫命

※ 和田都美命の娘。

天智天皇の妃〔二の妃〕にも玉依姫がおり、薩摩国頴娃(さつまのくにえい)の豪族の娘。


[姉姫宮]

祭神:豊玉姫命(とよたまひめのみこと)

※ 和田都美命の娘。玉依姫命の姉。彦火火出見命の妻。


左:天井宮 右:姉姫宮











[随神門]

祭神:経津主命(ふつぬしのみこと)

   武甕槌命(たけみかづちのみこと)


経津主命と武甕槌命の出雲の国譲りの神話はこちら⇩

『美保神社』

https://keipandkeip.blogspot.com/2021/07/blog-post_35.html



[山宮]

祭神:大山積命(おおやまつみのみこと)

※揖宿神社の社家だった賀茂県主・堀内氏。指宿氏の祖神。


山宮













【由緒と歴史】


大日孁貴命〔主祭神〕と摂社8柱〔彦火火出見命・天命開別命・大己貴命・塩土翁命・昭美日月命・和田都美命・玉依姫命・豊玉姫命〕を合わせて、『開聞新宮九社大明神(かいもんしんぐうきゅうしゃだいみょうじん』と呼ぶ。

*706年2月10日、*賀茂県主(かものあがたぬし)堀内氏が勅命を受け、この地を行幸した*第38代・天智天皇の遺品を奉じて創建された『葛城宮』が創始とされている。

874年7月、*開聞(かいもん)岳の大噴火があった。

874年11月、開聞岳の南麓に鎮座していた*牧聞(ひらきき)神社は、開聞九社大明神の「葛城宮に避難したい」という神託により、葛城宮に一時避難。

その際に葛城宮は『開聞新宮九社大明神』と称するようになった。

明治維新の際に、葛城宮から『揖宿神社』と改称された。

1968年〔昭和43年〕、指宿市十二町字諏訪に鎮座していた、南方神社の建御名方命を合祀。


*706年:飛鳥時代末期。

*賀茂県主・堀内氏:揖宿神社の社家。

*天智天皇:在位668〜672年。諱・葛城。別称・中大兄皇子。

*開聞岳:古くは「ひらきき」、その後「かいもん」と呼ばれるようになった。今では牧聞神社だけ「ひらきき」と呼ばれている。

*牧聞神社:古くは「開聞神社」と呼ばれていた。噴火終息後、開聞岳の北麓に遷座。


枚聞神社についてはこちら⇩

『枚聞神社〜鹿児島県指宿市』

https://keipandkeip.blogspot.com/2022/11/blog-post_25.html




【大宮姫の御陵】


「天智天皇乃皇后(大宮姫命)御陵(お墓)と伝えられる所…」と案内看板に書かれた場所が、揖宿神社の奥にある。

大宮姫(おおみやひめ)は、天智天皇の妃。













【大宮姫の伝説】


遥か昔、開聞岳の麓で修行をしていた僧と仙人の前に、一頭の雌鹿が現れた。

雌鹿は、仏前に供える水を舐めると懐妊し、翌年の春、口から女の子を産んだ。

女の子の誕生時に不思議なことがたくさん起きた。

草庵が黄金色に包まれ、*瑞象が現れたので、瑞昭姫(ずいしょうひめ)と名付けられた。

姫は、非常に聡明で容姿端麗だった。

2歳になると、読み書きができ、詩歌さえもできた。

その噂は、太宰府経由で都にも伝わり、中臣鎌足に招かれた。

仙人が姫のお供をして、泊まりを重ねて太宰府まで送って行き、太宰府からは役人が付き添った。

姫は、2歳で*采女(うねめ)となり、中臣鎌足に育てられた。

13歳で『大宮姫』と名を改め、中臣鎌足の推薦で宮中に入る。

丁度この時、天智天皇の皇后が亡くなったので、大宮姫は皇后となる。

しかし、雌鹿の口から産まれた大宮姫には秘密があった。

足の先が2つに割れ、鹿の足先のような爪を持っていたのだ。

ある日、雪遊びをしていた大宮姫は、履いていた足袋が脱げ、秘密がばれる。

その裸足を見られ、大宮姫の美貌と出世を妬んでいた女官たちに、皆の前で笑いものにされた。

大宮姫は都を去り、故郷の開聞へと帰る。

この時に持ち帰った大甕が牧聞神社の宝物殿に保管され、付き添った供人の子孫が社家として残っている。

天智天皇は、姫を追って開聞に旅立ち、姫と再会。

姫のもとで余生を送った天智天皇は、享年79歳で崩御した。

『*三国名勝図会〔巻之二十三 *頴娃郡〕』の開聞神社〔牧聞神社〕に記されている。


*瑞象:めでたいことが起こる前兆。

*采女:天皇・皇后の側近に仕え、日常の雑事に従った者。

*三国名勝図会(さんごくめいしょうずえ):江戸時代後期に薩摩藩が編纂した、地誌や名所を記した文書。薩摩国・大隈国・日向国の一部が記されている。

*頴娃郡(えいぐん):現在の南九州市・指宿市。



【僧と仙人の正体】


大宮姫の伝説で登場する、開聞岳で修行をしていた僧と仙人の名も、三国名勝図会に記されている。

僧の名は、智通上人。

智通上人は、第37代・斉明天皇に勅を受け、新羅の船で唐に渡り、『玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)』から仏道を学ぶ。

仙人は、塩土老翁(しおつちのおじ)。

*開聞古事縁記には、「南極仙塩土老翁となづく、この仙人は南斗星の精霊」と記されている。

智通上人も塩土老翁も、*役小角(えんのおづぬ)の流れをくむ、山嶽仏教徒のようだ。

2歳の姫を中臣鎌足のもとへ連れて行った仙人は、塩土老翁ということになる。


*開聞古事縁記:1746年頃に快寶上人が綴った書物。

*役小角:日本の修験道の基礎を作った修験者。


開聞岳












【玄奘三蔵】


玄奘三蔵は、西遊記の三蔵法師の一人。

三蔵法師は、一人の名前ではない。

三蔵は、三種に分類した仏教の経典「経・律・論」を熟知した僧。

法師は、中国で朝廷から選ばれた、最高クラスの僧に与えられる称号。




【賀茂氏】


子孫は、行者や陰陽師などの呪術者、歌人や国学者などの文人が多い。

賀茂氏(かもうじ)は、賀茂を氏の名とする3系ある。

天神系は、高魂命(たかみむすびのみこと)裔と神魂命(かみむすひのみこと)裔の2系。

高魂命裔は、造化三神の高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、別名・高魂命の末裔。

神魂命裔は、造化三神の神産巣日神(かみむすびのかみ)、別名・神魂命の末裔。

地祇(ちぎ)系は1系。



【高魂命裔】


氏姓は、賀茂*県主。

始祖は、高魂命の3世孫の鴨建角身命(かもたけつのみのみこと)。

*葛城国造と同祖。

神魂命裔の賀茂氏と同一なので、著名な人物も神魂命裔と同じ。


*県主:律令制が導入される前のヤマト王権の職種。県を管理する責任者。

*葛城国造:国造の支配領域は現在の奈良県御所市・大和高田市。



【神魂命裔】


氏姓は、賀茂県主。

始祖は、神武天皇を導いた賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)。

賀茂建角身命は、八咫烏に化身して、神武天皇を先導した後、大和の葛城を通って山城国へと行き着く。

*山城国葛野郡(かどのぐん)と愛宕郡(おたぎぐん)を支配。

賀茂県主は、同じ山城国を本拠地とする秦氏との関係が深い。

平安時代初期に、上賀茂神社と下鴨神社に分かれた際に、両神社の祠官家に分かれ、代々両社の禰宜を務めた。

著名な人物:賀茂真淵〔上賀茂神社社家〕、鴨長明〔下鴨神社社家〕。


*山城国:京都府の南部地域。



【地祇系】


氏姓は、鴨君、賀茂朝臣。

姓は、「君」のちに「*朝臣」となり、「鴨君」から「賀茂朝臣」へとなった。

始祖は、大鴨積命(おおかもつみのみこと)で、古墳時代の豪族。

出自は、三輪系氏族。

三輪山の大物主神のお告げで大神(おおみわ)神社の神主になった太田田根子(おおたたねこ)は、日本書紀では大物主神の子。

大鴨積命は、太田田根子の2世孫とされている。

氏祖は、鴨蝦夷(かものえみし)。

鴨蝦夷 は、672年の壬申の乱で大海人皇子〔天武天皇〕側についた功臣。

著名な人物:*賀茂役君小角(かものえだちのきみおづぬ)、*賀茂忠行、賀茂保憲。


*朝臣:『八色の姓』の上から2番目。

*賀茂役君小角:役小角(えんのおづぬ)。

*賀茂忠行・賀茂保憲:安倍晴明の師とされる。



【八色の姓】


八色の姓(やくさのかばね)は、第40代・天武天皇が684年に新たに制定した八つの姓(かばね)の制度。

ランクは上から順に、「真人(まひと)」・「朝臣(あそみ・あそん)」・「宿禰(すくね)」・「忌寸(いみき)」・「道師(みちのし)」・「臣(おみ)」・「連(むらじ)」・「稲置(いなぎ)」となる。

1番目の「真人」は、第26代・継体天皇以降の天皇の近親で、主に「君(きみ)」の姓を称していたものに授けられた。




【揖宿神社の大楠】


境内は自然豊かで、社殿を包むように樹齢千年を超える八株の大楠が群生している。

群生し状態は県内でも非常に珍しいそうだ。

拝殿の裏手はうっそうとした森林になっており、野生の穴熊が普通に歩いていた。





【宝物】


宝物の能面「*尉面(じょうめん)・*姫面・狂言面」の三面は、日本で能や狂言が完成された頃の貴重なもの。

室町時代中期の作で、九州では他に類のない逸品。


*尉面:男性の老人。

*姫面:若い女性。




【おわりに】


ずっと気になっていた塩土老翁のことが、指宿で分かるとは思いもよらなかった。

そして、揖宿神社で賀茂氏の名が出てくるとは思いもよらなかった。

「山宮に祀られた大山積命が、賀茂県主の祖神ってどういうこと?」と不思議に思ったのだが、色々と調べてみると「なるほどそういうことか」と思えてきた。

大山積(おおやまつみ)と大鴨積(おおかもつみ)は名前が似ているし、大山積命は賀茂県主の祖神だから、大山積命は大鴨積命のことなのだろう。

天智天皇が指宿の地で亡くなっていたことを知り、ただの伝説だと思った。

しかし、大宮姫が持ち帰った大甕が残っていること・智通上人と塩土老翁が天皇や中臣鎌足と接点があることから、事実なのだろう。

大宮姫は巫女だったのではないだろうか。

大宮姫が開聞へ帰った際に付き添った従臣末裔は、阿野家、桜井家、安東家、長山家。

天智天皇が開聞へ旅立った際に付き添った従臣末裔は、紀家系の池田家、有馬家、仙田家、松山家。

紀氏の祖は、北部九州に痕跡が多い。

福岡県久留米市にある高良大社は、座主を武内宿禰の末裔「紀〔丹波〕氏」が務めていた。

高良大社は、耳納(みのう)山系の西のはずれに位置し、筑紫平野と筑後川を一望に見渡せる高良山にある。


高良大社についてはこちら⇩

『武内宿禰と高良大社〜福岡県久留米市』

https://keipandkeip.blogspot.com/2021/08/blog-post_22.html


筑後川上流の浮羽(うきは)郡は、葛城氏の系統の「的臣(いくはのおみ)」が勢力を張っていた。

福岡県久留米市の久留米城藩主は有馬家。

久留米市にある水天宮は、全国にある水天宮の総本宮で、久留米藩の有馬家が社殿を建てている。

ちなみに、東京の水天宮の宮司を務めるのは、有馬家16代当主・有馬頼央さん。

このことからも、葛城氏と天智天皇が九州と接点があることが分かる。

懐殿宮の昭美日月命とは何なのか?読み方も分からない。

昭美日月命と塩土老翁が一緒の社に祀られているので、昭美日月命は大宮姫だろうか?

調べていると、噴火前の牧聞神社の本殿の配図にたどり着いた。

噴火前の牧聞神社の懐殿宮〔廻殿宮〕の祭神は、潮満珠(しおみつたま)・潮涸珠(しおふるたま)。

塩土老翁命の導きで海神の宮にたどり着いた彦火火出見尊〔山幸彦〕は、地上に戻る際に、和田都美命から潮満珠・潮涸珠を授かる。

武内宿禰も「三韓征伐」の際に、龍神から潮満珠〔満珠〕・潮涸珠〔干珠)を授かっている。


武内宿禰の「三韓征伐」で授かった干珠・潮珠についてはこちら⇩

『八阪神社と不思議な狛犬』

https://keipandkeip.blogspot.com/2022/06/blog-post.html


潮満珠・潮涸珠を持っていた彦火火出見命・和田都美命は祀られているから、昭美日月命は武内宿禰だろうか?

指宿は、興味深い歴史がたくさんあり、初めて知る内容ばかりだった。